日々思うことをつらつらと


by joe-suzuki

犬との生活<後編>

祖父が言ったように、もっと大切にしたらよかったのに・・
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 何年か前のこと、ロンの話をコラムの導入で使ったことがある。

「名は体を表すというが、その通り。我が家にいた犬も、母が好きだったアメリカの俳優にちなんでつけられた。ところがこの男はとんでもないプレーポーイ。おかげ、他所でどれだけ迷惑かけたことか・・・。」

実は相当に事実を脚色している。なによりロンはメスだったのだから。どこにも「ロン」の名前は出てこないが、もちろん念頭に置いて書いている。それにしても、何故メスにロンと男性の名前がつけられたのだろう。最初に書いたように、よく分からない。

そんなロンが子供を生んだ。僕たちが知らないところで恋をしていたのだろう。4、5匹生まれた子犬の父親は誰だったのか。どれも可愛いいが、見てくれはロンに似ていない。赤ちゃんというのは、そういうものなのかもしれない。越してきたばかりのお隣さんが引き取った一匹は、成長するとロンに似た姿形になった。

残念なことだが、その他の子犬は貰い手がなく我が家でも飼わないことを両親は決めた。理由など覚えていない。覚えているのは、父がその子犬たちを、我が家の隣に広がる雑木林の向こうに捨てにいったことだ。ところが翌朝になると、ロンが全部の子犬を連れ戻している。父はさらに遠くに子犬を捨てに行ったが結果は同じこと。翌朝には子犬たちが犬小屋に戻っているのだ。一匹ずつくわえて何度も長い距離を戻ってくるとは。犬といえども、母性はこんなにも強かったのだ。

父は子犬を捨てることを観念したようで、「遠くに捨ててもダメだ」と困った顔で口にした。結局望まれないで生まれた子犬たちは、父の手で処分された・・・・ と思う。現場は見なかったので断言はできないが、たぶんそうなのだろう。5歳だった僕は、ロンさえいればそれでよかったのだろう。泣いた記憶はない。

 今だと犬の保護団体に怒られそうな行動だが、40年も昔の当時は、これが普通の行動だった。だが、今思い出しと、大変可哀想で。できることなら、今生きているうちに、殺処分になりそうだった犬を引き取りたいと思うところだ。

さて、僕が小学生になり、ロンが7歳頃の話だ。急にロンの毛並みが悪くなり、やがて皮膚がただれるようになった。なにかの病気だったのだろう。今ならすぐに獣医に連れて行くところだが、昔の話である。やがて散歩で無理に鎖を引っ張ると苦しそうで、一緒に散歩に出かけるのも嫌がるようになった。その時の、嫌がって抵抗するロンの鎖の重かったこと。以来ロンは寝たきりになった。

学校から帰って真っ先に犬小屋に向かっても、見かけるのはロンの横になったままの姿である。僕の気配で目を開けたりはするが、それだけだ。幼稚園から一緒に帰った日はすでに遠い。

その日の家の空気は、いつもと違っていた。目をはらした母が、低くかみ締める口調でロンの死を告げた。予期していたことだが、その日が来てしまったのだ。両親は僕ら兄弟が犬小屋に行くことを禁じた。だからロンの亡骸を見ていない。遺体は父が雑木林の向こうに埋めに行ったはずだ。今度ばかりは、翌朝の犬小屋にロンが戻っていることはなかった。

これが、ロンとの思い出の断片である。今思うと、本当に賢く愛情深い犬だった。祖父の言葉にあったように、もっと大事にしたらよかったのにと今でも思う。ロンは家族の一員だったのだから。



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by joe-suzuki | 2013-06-30 07:00 | 犬について