日々思うことをつらつらと


by joe-suzuki

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人を誘う時は、たいてい「今度飲みに・・・」
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昨日も飲んでしまった。編集者とスポンサーとで、銀座のフレンチで。グラスで4杯ほどでだから、極端に多い量でもない。でも今朝の体は、爽快とほど遠い状況である。頭がどんよりしていて、なかなか仕事が手に付かない。

思い返してみると、最近で最も体調が良かったのは、一日できるだけ一食にして、お酒を飲まなかった2週間だろう。体が軽いだけでなく、精神が生き生きしていた。できれば、あの頃に戻りたい、と思うのだが・・・・

どうしても仕事で人と会うと、お酒が入ってしまうのである。いや、そもそも誘う口実が、「暑気払い」である。僕だけ飲まない訳にはいかない、と勝手な理由で飲んでしまうのだ。

かつてエジプトでピラミッドを建造する時、労働者は仕事の後でビールをふるまわれたという。そのお蔭で、毎日喜んで働いたことだろう。

今の社会と一緒だ。ちょっとの不満も、仕事の後のビールが解消してくれる。そう、今の我々はも。お酒の効果を知っているのだ。もっとも仕事終わりのお酒は、自分が払っている。現代の社会は、あの頃のエジプトよりも酷いのかもしれない・・・。

そういえば、かつて2か月間断酒したことがあった。さぞや体調が良くなっているのではと期待したが、中国医の診断は、「内臓は良くなったが、エネルギーレベルが落ちている」だった。たぶんお酒には人間を元気にする不思議な力があるのだ。それゆえ「百薬の長」と言われるのだろう。

だが、ほどほどに飲むのは、どうして難しいのだろう。そして、休肝日を設けるのも。何か、お酒が精神に働きかける、良くない効果が何かあるに違いない・・・


飲んだ翌朝は、こんな風にいつも同じことを考えるものだ。






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by joe-suzuki | 2013-07-31 11:45 | 食生活を考える
結婚をしばしば宝くじに例えるが、それは誤りである。宝くじなら当たることもあるのだから。   バーナード・ショー
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バーナード・ショーは、「シェイクスピア以来の・・」と言われる、ノーベル文学賞を受賞した劇作家だ。代表作の「ピグマリオン」は、映画「マイ・フェラレディ」の原作としてもしられている。

で、「ピグマリオン」はギリシャ神話「ピュグマリオーン」から来たもの。あらすじを引用すると以下の通り。

現実の女性に失望していたピュグマリオーンは、あるとき自ら理想の女性・ガラテアを彫刻した。その像を見ているうちにガラテアが服を着ていないことを恥ずかしいと思い始め、服を彫り入れる。そのうち彼は自らの彫刻に恋をするようになる。さらに彼は食事を用意したり話しかけたりするようになり、それが人間になることを願った。その彫像から離れないようになり次第に衰弱していく姿を見かねたアプロディーテーがその願いを容れて彫像に生命を与え、ピュグマリオーンはそれを妻に迎えた。

バーナード・ショーが戯曲家として成功したのは、40代になってからだ。舞台「ピグマリオン」のヒットで、経済的に潤ったのは、60歳に近くなってからである。

25歳でベジタリアンになっているが、その本当の理由は、肉を買うことができないほどの貧乏だったからとも。だから会食では、出席者が食べ終わった頃にやってきたらしい。

調べてみると、 「金が無いのは諸悪の根元である」 なんて言葉を残しているし、 「あなたが一番影響を受けた本はなんですか」と質問されて、 「銀行の預金通帳だよ」という言葉を残している。

そんなショーも、40歳前に貴族の奥さんを迎え郊外の大きな家に移ったが、豊かになっても奥さんがベジタリアン料理を作っていたようだ。

菜食のお蔭か、年齢よりも若く見え94歳で亡くなっているが、こんな言葉も残っている。

「私は現在85歳だが、これまでと同じように元気に仕事をしている。もうかなり長く生きたので、そろそろ死のうかと思っているのだが、なかなか死ねない。ビーフステーキを食べれば、ひと思いに死ねると思うのだが、私には動物の死体を食べるような趣味はない。私は自分が永遠に生きるのではないかと思うと、空恐ろしい気分になる。これが菜食主義の唯一の欠点である」

それから、こんな言葉も。

「食物を愛するよりも誠実な愛はない。」

彼の警句は本当に面白い。ついでにいくつか紹介してみよう。

パーティである有名な女優に、
「あなたの知性と私の美貌を兼ね備えた子供が生まれたらどんなに素晴らしいかしら」
と求婚されたのに対し、
「あんたの頭と俺の面の子供が生まれたらどうするね」
と応えたという。

「金曜日に結婚すると不幸になるというのは本当でしょうか」
と若い女性に聞かれ、
「どうして金曜日だけが例外であり得るのか?」
とも応えている。

でも、ショーの結婚は、結構幸せだったようだ。

ちなみに、次の名言もバーナード・ショーのもの。

「事実は小説よりも奇なり」

「グラスに入っているワインを見て『ああ、もう半分しか残っていない』と嘆くのが悲観主義者。  『お、まだ半分も残っているじゃないか』と喜ぶのが楽観主義者」

「男はずるがしこい。 女の最初の男であろうとする。 でも、女はもっとずるがしこい。男の最後の女であろうとする」

若い頃は懐が豊かでなくても、話していて面白い人物だったのは間違いない。
長くなりすぎたので、今日はこの位で。







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by joe-suzuki | 2013-07-30 09:31 | 食生活を考える
メディアの方は英語で質問してください
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間違ってコーヒーを飲んでしまい、床に入っても眠れなかった昨晩。テレビをつけたら、松井秀喜のヤンキースでの引退セレモニーが放送されていた。

ヤンキースでデビューしてから10年。名門ヤンキースで、こうした華やかなイベントが開けれるのだから、間違いなく名選手である。しかも多くの選手から、人格者として認められる人物だけに、テレビを見ていてちょっと違和感を覚える番組だった。

気になったのは、日本語でインタビューに応えていることだ。アメリカでもファンが多いはずなのに。きっと日本で放送されないだけなのだろう。松井のことだけに、そう思いたいものだ。

いつも思うものだ。海外で活躍するスポーツ選手は、日本のではなく、まずは地元のメディアに応えるべきだと。その点、中田英寿のように、「メディアの方は英語で質問してください」というのは当然かと思う。

あ、もしかしてこう発言すると、メディアから総スカンを食らうのだろうか。
日本のスポンサーも大事だから・・・

ともあれ、松井のテレビを見ながら思ったものである。

ちょっと残念と。





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by joe-suzuki | 2013-07-29 08:18 | 日々のあれこれ
イタリアの人間国宝的存在にインタビュー
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先月、神の手を持つと言われる木工のマエストロ、ピエルルイジ・ギアンダ氏をインタビューする機会を得た。イタリアの人間国宝的な存在である。87歳の彼は、何ともダンディ。久しぶりに、ネクタイ・ジャケットで、インタビュー・撮影に臨んだものだ。

彼の手元にあるのは、釘を一本も使わずに組み立てられたテーブル、「Kyoto」。イタリアのデザイナー達と日本を視察した時、仲間から「こんな精巧なモノ、作れないだろう」と言われたので、できることを証明するため作ったそうだ。ちなみに、京都で発想が浮かんだので名前にしたとか。

しばらく青山カッシーナ・イクスシー本店で展示中。

インタビュー記事は、発売になった『ENGINE』に掲載されている。

今回の『ENGINE』はポルシェ特集。この特集をすると、たいてい売り切れとなる鉄板企画なのだとか。インテリアでいう、北欧特集のようなものか。興味のある方は、売り切れる前に是非。




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by joe-suzuki | 2013-07-28 08:03 | DESIGN

富士山からの気

日本の経済が発展しないのは、六本木の某ビルのお蔭で、富士山の気が丸の内に流れないから?
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昨日、北参道のビルの屋上で行われたパーティに参加した。名前の通り、明治神宮の杜のすぐ脇にある建物である。上の写真が、そこからの眺めだ。

わずか10階の建物の屋上でこれだけの眺望が得られるのは、周りに高い建物が無いからだ。

で、思い出した。 

東京の町を作る時、富士山の気が流れてくるよう、皇居と富士山を結んだ線の上に明治神宮を建てたのを。そう、この神社、明治天皇が崩御してから作られたので、100年ほどの歴史しかない。

そして今もこの線上には高さ制限があるのか、高い建物が無いので、富士山からの気が皇居に流れるようにできている。誰かがそうした秘儀を知っているのである。

小田急線はこのラインに沿って、直線に走っている箇所があり、一番前の運転席の横に立つと、真正面に富士山が見えるらしい。しかも当初はこの直線に沿ってレールを敷き、皇居の下を通って、東京の東側に抜けるるプランがあったが、さすがにこれは却下されたとか。

また、丹下健三も、このことを知っていて、代々木の体育館を設計したようだ。それを彼に授けたのは、いったいい誰なのだろう?

一方、この富士山からの気をふさぐような位置に建っているのが、六本木の某ビル。お蔭で丸の内に富士山の気が流れないため、この10年、日本の経済が発展しないという都市伝説もある。

昨日のビルの屋上からの眺めは、そんな都市伝説を信じさせるのに、十分な説得力を持ったものだった。






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by joe-suzuki | 2013-07-27 08:32 | 不思議大好き

現代人は食べ過ぎ?

食べたいと思ても腹八分目で必ずおさえるんや。そうやって自分で自分をコントロールすることが楽しめるようになったら、生活変わってくるで。
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 昨日の朝の連続ドラマ『あまちゃん』でも出てきたセリフに、 「すべては運」というのがあった。そう、アキのお母さんがデビューできなかったのは、「運」が無かったというのである。

 芸能人だけではない。企業のトップに上り詰めた人が大抵口にするのが「運が良かった」という言葉だ。

 その運をよくするために、世には多くの自己啓蒙書が出ているのだが、興味深かったのが数年前にベストセラーになった『夢をかなえるゾウ』(水野敬也著)の中に、運をよくするために少食を勧める部分があったことだ。 

という訳で、その部分を引用してみよう。

(引用)

「ま、料理作ってる人や、素材になっている生き物には感謝せなあかんけど、でもな、基本的には自分ら食いすぎやねん。食いすぎると体に悪いし、眠なるし、集中力さがるし、あ、あとな、寝る前に食いすぎると目覚めが悪いんやで・・・」

「一切の疾病は宿食を本トス」 これ、ダチの言葉なんやけど。「宿食」ちゅうのは食いすぎのことでな、食いすぎがいろいろな病を引き起こすという教えなんやで」ちなみに、ダチというのは、釈迦や・・・


ま、腹八分はささいなことに見えるかも分からんけど、これ、今日からずっとやってみ。 食べたいと思ても腹八分目で必ずおさえるんや。そうやって自分で自分をコントロールすることが楽しめるようになったら、生活変わってくるで。

(引用終わり)

好きなだけ食べるとか腹いっぱい食べるのではなく、食をコントロールすることで運が変わるとは、以前紹介した水野南北の考えに近い。

こうした考え方が人々に浸透しないのは、必要以上に食べさせて利益を上げようという食産業の差し金かもしれない。

さらに、40歳になったら腹7分目。50歳になったら腹6分目でよいという説もある。たしかに今の僕は、食事をすると眠くて仕事にならない。そのうえ昔よりも食事の量を減らし、朝は人参ジュースの一日二食の生活にしても痩せないのだ。もっと食べなくても大丈夫なのだろう。

ちなみに腹六分目とは、食べ終わった後、走ってもお腹に負担が大丈夫なくらいの量という。これはかなり少ない。

残りの人生を考えると、食べる楽しみを減らしても、もっと運を上げ、多くの人に僕の考えを伝えられたらと思うのである。

ところで観光地に行くと、「根性」とか「努力」とか書かれたお土産を見ることが多い。だが、残念なことに「運」というのは、一度も見たことが無い。たぶん人気があって、すぐに売り切れてしまうのだろう。あ、これは嘘だからね。




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by joe-suzuki | 2013-07-26 08:27 | 食生活を考える
肉食は動物の意識が人間の身体を通過するため、粗野な人間になる
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さて、昨日の断食の話の続きである。

ピタゴラスは、しばしば長期間の断食をしていたらしい。そう、数学で習ったあの「ピタゴラスの定理」のピタゴラスだ。

断食の効果を、こんな風に医学的に説明していたサイトがあった。

(引用)
お腹を空かせると、胃からグレリンという飢餓ホルモンが出てきます。
グレリンが出ると、海馬の領域の血行がよくなり、脳の機能が格段に高まります。つまり、断食によって頭が冴え、飛躍的な成長や劇的な変化を促進させる訳です。 断食は、アルファ波を自在に出せるようにするための訓練であるとも言えます。
逆に言えば、アルファ波が出る脳にしない限り、潜在能力は開花しません。 断食中は、アルファ波の発生を促すケトン体の量が増える事が分かっています。 脳細胞はブドウ糖よりもケトン体を好むそうで、ケトン体の方が脳内では吸収されやすいそうです。
食欲は人間の最大の基本的本能ですから、雑念がある間は断食は苦痛ですが、脳波がシータ波にまで下がってしまえば、食欲を含むすべての欲望は消滅し、 高次元と繋がり、無念・無想・無我・無心の境地に達し、 閃きが次々と溢れ出て真理を発見できるようになります。
(引用終了)

断食をすると最初の1、2日目は辛いが、それ以降は楽になると言われている。それは、アルファ派が出ているからか。何故ピタゴラスは、こうしたことを知っていたのだろう。

今回、ピタゴラスを出したのには理由がある。1847年に「イギリスベジタリアン協会」が発足するまで、菜食主義は「ピタゴリアン」「ピタゴラス派の食事」などと呼ばれていたのだ。

実はベジタリアンの系譜を辿っていくと、ピタゴラスにまでさかのぼる。 「元祖ベジタリアン」と称されるピタゴラスは、一日二食で、 果物、野菜、穀物、蜂蜜だけで生活していた。 黒パンと蜂蜜で朝食を済ませ、夕食には、生野菜を食べていたとおうのである。また、獲れた魚を海に戻してやるために漁師にお金を渡したりしていたそうだ。ピタゴラスに強い影響を受けたプラトンは、生涯、一度も肉と魚を口にしなかったという。


ピタゴラスが肉食をしなかった理由は、魂は不滅で輪廻転生を信じており、肉体が消滅した魂は他の肉体の中に移るため、肉食は動物の意識が人間の身体を通過し、粗野な人間になると考えていたからだ。

思えば人間も、臓器を移植すると、前の持ち主の意識が移るとよく言われる。肉食をすると同じようなことが起こるのだろうか。

ピタゴラスは数学者のイメージが強いが、かなり不思議な人物だったようだ。

彼はエジプトで密儀参入して宇宙の真理を体得し、「宇宙は数に支配されている」と唱え、特に数の神秘を説いた。今もこの流れをくむ占数術は「秘教占数術(ピタゴラス占数術)」と呼ばれている。

 またピタゴラスは動物とも自由に話ができたという。オリンピック競技の最中に空を飛ぶ鷲を口笛ひとつで舞い下りさせ、ある時は暴れ熊をおとなしくさせ、その場から退散させたという逸話も残っている。透視術や瞬間移動の秘術にも通じており、遠く離れた2つの地点に同時に姿を現わすような離れ業も簡単にやってのけたとも伝えられているのだから、ただ者ではない。

ピタゴラスについて、もっと調べてみたいものだ。







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by joe-suzuki | 2013-07-25 06:36 | 食生活を考える

修道院の断食

断食は、私たちが頑固さや傲慢さをなくし、謙虚で柔軟な心を取り戻す手段なのです
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昨日の23日は満月。この日から新月までが、断食に相応しい時期と言われている。

断食はダイエットや健康に良いだけでなく、重要な霊性修行ということが、最近読んだ『修道院の断食』(ベルンハルト・ミュラー ペーター・ゼーヴァルト著)に書かれていた。これはなんとも、興味深い。

断食というと、日本やインドなどアジアのものと思っていたが、キリスト教でも伝統的に断食が実践されてたのである。いや、主な宗教は、その断食の効用を説いているようだ。食べないことで、精神が変わるというのだ。

この本も、著者がベネディクト会の修道院で、7日間の断食を体験したことを綴っている。そのなかから、気になった言葉を拾ってみた。

「あなたが断食中に多くの『仮の満足』を手放す、まさにその時に、あなたの心の最も奥深くにある真実を知ることができます」

権力、影響力、名声、富、そういったものはみな人を実際に強めるものではなく、むしろ感性を鈍くし、力を弱め、心を冷たくします」

「私たちは楽しさや刺激的な経験に満ちた社会に生きています。しかし、退屈でたまらなくなる時がよくあります。起こっていることがみな、私たちの精神や魂にもう本当には触れていないからです。いわば、少しばかり死んだように生きているのです」

「私達は本当に大切なことを見抜く目を失っています。そこにこそ、私たちの不満の原因があるのです。そのため、私たちはただ持ち物を増やせば自分の幸せや満足が得られると盲目的に考えてしまうのです。断食は、私たちが頑固さや傲慢さをなくし、謙虚で柔軟な心を取り戻す手段なのです」



昨日はお月見をしたので、いつもより食べてしまった。お酒も残っている。満月の日は、いつもよりハイになってしまう・・・・。
今日これを書いたのは、もちろん心を入れ替えて食を慎もうと思うからだ。







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by joe-suzuki | 2013-07-24 08:47 | 食生活を考える

フラーの言葉から

おとなたちは時代遅れのお金や政治のゲームにうつつをぬかし続けるかもしれないけど、若い人間たちはバカバカしい利己主義なんか、もう飽き飽きしている
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バックミンスター・フラー。科学者として、その数学的な面が評価されることが多いが、僕は彼の社会を見る目に興味を覚える。そんなフラーの言葉から、興味深い言葉を抜き出しておく。

「ビジネスマンはほんとうの富をなにひとつ生み出さない。彼らは、壁をつくることで分け前をかすめ取る。ほんものの壁だろうが、目に見えぬ壁だろうが、とにかく品物やサービスを交換するところの周囲に壁を築き、入口のところを開けたり閉めたりして、うそっぱちの欠乏をでっち上げ、値段をつりあげてしまうのだ。」

「地球人類の大多数が宇宙のなかで自分の立場に気がつけば、私たちは次の段階へと進化して、宇宙とまったく新しい関係を結ぶことになるだろう。私たちは、子供の眼で、宇宙をながめはじめる。子供の眼で、宇宙に熱中しはじめる。 」

「おとなたちは時代遅れのお金や政治のゲームにうつつをぬかし続けるかもしれないけど、若い人間たちはバカバカしい利己主義なんか、もう飽き飽きしているのよ。いっしょに力を合わせて地球社会を穏やかに変えていくわ。若い人間たちはものを感じる心を持っている。自然に真実がわかってしまう。思いやりの気持ちだってある。それに若い人間たちは、いつだって宇宙のなかの人間の存在という偉大な神秘を解こうと、愛をいっぱいにつめこんで旅に出かけるものなの。わたしたち人間も、宇宙の内でデザインされた本来の働きに目ざめていくに決まってる。」 

『テトラスクロール』より

選挙の後だから、とりわけ思うものだ。株価が上がるから、目先の給料が上がるから、その政治家を支持するのだろうか。たんにお金のために行動するのか。僕らはもっと広い視野で物事を考えることを忘れてはいけない。





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by joe-suzuki | 2013-07-23 11:20 | 備忘録
布良と書いて(めら)と読む。これは何か歴史があるはず
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房総半島の南端にある安房神社。年に一、二度訪れる場所だが、近くに布良という港の集落があるのを知っていた。神社から歩いてどの位あるのだろう。夕陽を見たいがために神社で訪ねたところ、この集落の名前は「めら」と読むのを知った。

なんとも雅な響きだ。これは何かあるぞ。

20分ほど歩いて、集落の入り口に着く。いやいや、本当に人が少ない所だ。あまり人と出会わない。

ようやく上半身裸で通りで涼んでいるお父さんに出会う。暖流の関係で暑いと思ったこの地は、東京よりも6度も涼しかった。森と土の地面と強い風のお蔭だろう。そんな涼しさにも関わらず、上半身裸は彼の夏のユニフォームかもしれない。

地元で有名な寿司屋に入る。70歳を超える大将は、漁師になりたくなくて15の時に東京に丁稚に出たという。当時の若者は誰もが漁師になった。なにしろ布良浜は、青木繁の名画「海の幸」の舞台になった場所である。ところが今や、この町に漁師は一人もいない。親は息子に東京で働くことを勧めるという。「じゃないと、結婚できないから」。

食べログでこの市で一番の店も、6時台の客は僕だけ。「99%の客は東京から。地元の客は山の上に住む別荘の住人だけ」という。今の布良は、夏の海水浴と釣りの客が訪れるだけの、すっかり寂れた集落である。

だが、名前だけでなくこの集落が普通でないのは、かなり立派な神社が海を隔てて、夏至の太陽が沈む方向を向いて建っていることで分かる。

絶対何かある。

ということで、この集落のことを調べてみた。

布良の話は、忌部氏(いんべし)の神話の中に登場する。忌部氏とは、古代朝廷の祭祀を始めとして宮殿造営を担っていた氏族である。彼らは宮殿で使う木棉や麻などの織物や鏡・玉などの祭りの道具作りも自分たちで行っていた。出雲の国では玉を作り、四国の阿波の国では布を作るなど、日本の各地に拠点を持ち行き来していたようだ。

そして、忌部氏のリーダーの一人である天富命(アメトミノミコト)が、布を織る植物を栽培するのに良い土地を求めて、四国の一族を率いて海路を東に向かい、辿りついたのが今の布良というのである。

そして、麻を植えて良く育った地域を(「ぬのよし」後に「めら」)と名付けられた。また、古代は麻のことを「総」と呼んだことに由来し、房総半島は『総の国』と名付けられている。後に総の国は二つに分かれ、都に近い(海上を利用し)半島南部が上総の国、北部が下総の国いう名前になったのは、ご存知の通り。

忌部氏は、移住した地域を、故郷の阿波にちなんで「安房」と名付け、先祖を祀るために安房神社を建立した。これが紀元前660年の事。千年以上たった717年、神社を今の大神宮と呼ばれる地に遷都座。以来、菊の御紋の使用が許される数少ない神社が、今に引き継がれているのである。一方、旧安房神社の位置に出来たのが、布良崎神社である。

何故、この神社が夏至の日没の方向を向いているのか。
さらに調べないといけない。

東京から車でも3時間。そんな田舎に、布良という美しい響きの地名があるのを知って頂きたいがゆえ、つらつらと書いてしまったものである。






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by joe-suzuki | 2013-07-15 11:31 | 気ままな一人旅